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2009.06.06

氷室冴子さんを偲ぶ会

氷室冴子さんが最後の10年間大変親しくまた頼みにされていた方が「偲ぶ会」を開催してくださるとの情報を得たので、今となっては時々読み返す程度のファンでも行って良いのか散々逡巡しましたが、勇気を出して行って来ました。
情報源は→こちら

大変素晴らしい思いをさせていただきました。
主催していただいた田中二郎様、ご友人の皆々様に心から感謝いたします。
本当に本当に、ありがとうございました。

来年以降も6月の第1土曜日に偲ぶ会を開催くださるご意向とのこと。併せて感謝いたします。

感想等は(続き)に書きました。長いのでご興味のある方のみどうぞ。

***
昨年、亡くなったと知ったときの気持ちは当時の日記が結局一番近いんだろうと思うけど、ホントアラフォーなあたしたちにとって、氷室冴子は当時自分を包んでいた空気とか水とか無機質とかのようなもので、それを吸って体にして成長していたっていう思いがある。
氷室冴子を読んでたっていう過去を持つ自分と読まなかった自分ではたぶんその後の生き方や考え方が違ってたと思うんだよね・・・

結婚しないと豪語してらした先生が仙台のそんなフォーラムに来られるというので、母とふたりで行ってきたこともあったなあ・・・
#「偲ぶ会」でみなさんが話してたとおりマシンガントークだったことは印象にあるんだけど、後は憧れの作家さんが目の前にいる!!という気持ちでガン見してただけで話の内容はあんまり覚えてない。

ただ、正直、コバルトは追ってたけど、経済的な事情で文庫しか買ってないとかいうところもあって、「海がきこえる」を読んでいないとかいう後から来た派閥の人とは相いれない部分もあったりするんだよね・・・

とまあ、自分の思い出はさておきまして偲ぶ会の話。
***

ご案内メールで「当日は普段の服装でお越しください」とのこと。
会場は菩提寺だし一周忌法要もされるというのにまったくの普段着でいいのか!という迷いを捨てきれず(というか仕事着のスーツと普段の格好の落差がすごいので・・・)、主催者様のご意向を無視して気取った黒い普段着でお伺いしました。

法要を待つまでの間、氷室先生が使ってらした名入りの原稿用紙を分けていただき、近くの席にいらっしゃったファンの方とお話をさせていただきました。
法要はこの偲ぶ会のために行うものだったそうで、ご住職から生前法名をいただくために先生と京都でお会いしたエピソードなどをお聞かせいただきました。

お墓参り。
田中さんがHPでご紹介されているとおりのお墓がありました。

会場には、氷室先生の一番近い・でも私が存じ上げてる頃から変わらない笑顔でいらっしゃるお写真が飾られていました。
葬儀委員長でもあった菊池秀行先生、コバルト時代を一緒に築かれた新井素子先生、「ライジング!」を共著され、無二の親友でいらした藤田和子先生、そして闘病の時期までご旅行や趣味をともにされたご友人、主催してくださった田中さんが、生前の氷室先生との思い出を少しだけ話して(=思い出を分けて)くださいました。
氷室先生がお使いになってた(コーヒーのシミのあるw)親指シフト用キーボードも会場に持ってきて下さってました。

しかし、正直なところご友人の面子が凄すぎてミーハー気分を抑えきれない部分がありましたよ・・・すいません、すいません。
だって、「真コール!」の(と私は思うが、「シルバー」の、でも気分的には可)藤田和子先生が生きて動いてしゃべってんのよ!!しかも美人!!!
我が家の本棚のG氏部門でえらい幅を利かしてる菊池秀行先生がたった3メーター先でしゃべってんのよ!
「星へ行く船」を書いた、あの新井素子先生がダンナさんとともにそこにいて当時のコバルトの売り方は間違ってるとか言ってんのよ!!!!!!

(・・・息切れ・・・)

お話の内容はどこまで言っていいのかよく分かりませんので書きませんが、
私の感想としては、

氷室先生は、少女小説家という分野を全うされようとしていたんだ、と思いました。
少女の世界そのものが時代とともに変わって来ている中ですごいことをされようとしていたんだと思います。
その志はお亡くなりになるまで持ち続けておられたと思います。

決して絶筆ではなく、長い休筆だったのだ、ということが分かったことが何よりうれしいことでした。
書こうとしていたことのすべてを世に残さずに去ってしまったことはもしかすると心残りだったかもしれませんが、ご自身の病気を知ってから去るまでの間にお時間があったことを思うと、それもまた受け入れて去っていかれたのではないかという気もします。

「倶会一処」
氷室先生のお墓に刻まれている浄土真宗の言葉です。
阿弥陀様のもとにおられる氷室先生とはいつか阿弥陀様のもとでお会いできます。
そのときに続きのことを聞かせていただきたいです。

改めて氷室先生に感謝させていただきます。
(浄土真宗の教えにならいご冥福はお祈りいたしません...)

(09.6.9 wrote;) 

***

拙blogにも、「氷室冴子」関連の検索語で来られる方がいらっしゃるようです。

当日のお話やその後のファンの方との交流の中で新たに知ったこともありました。

もし、何かあればコメント欄にひとことお願いいたします。

('09.6.11 追記)

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Comments

はじめまして。氷室冴子さんと検索してこちらにお邪魔しました。貴重な偲ぶ会の様子を垣間見せて頂きました。ありがとうございます。
素敵な偲ぶ会だったのですね。私もいつかお邪魔したいです。お墓にもお参りしたい・・・悼んでおられる皆様の気持ちに触れて、元気になりました。ありがとうございます。

Posted by: ぼの | 2009.06.19 at 12:24 PM

>ぼのさん
拙blogへお出でいただき、またコメントまでいただいてありがとうございます。
氷室先生の小説は少女小説でしたが、決して子ども騙しではありませんでしたね。
偲ぶ会に参加して、思いを新たにさせていただき、また、ぼのさんとの新しい出会いがあって、嬉しいです。

出先からですので、あまり長いコメントが書けません。手がすいた頃、改めてコメントいたします。
ありがとうございました。

Posted by: ゴマ@管理人 | 2009.06.19 at 06:39 PM

氷室先生の作品は、少女小説の枠を超えてましたね。時代検証、考察の上に緻密になりたった作品で、細部が細かく描写され、読んでいてとても読み応えがございました。今でも宝物です♪

偲ぶ会に参加された方がすごくて、思わずミーハーな気分になること、よくわかります(笑)私も目の前にいらっしゃったら、是非お話してみたいですもの(笑)偲ぶ会、ずっと続いていきますといいですね♪

Posted by: ぼの | 2009.06.22 at 10:51 AM

>ぼのさん
ですよねぇ?(^^;>ミーハー気分
#そこからかよ!というツッコミはなしの方向で(^^;;;

偲ぶ会で。
たぶん、新井素子さんのお話だったと思うのですが、氷室先生はコバルトの方針とは本当に合わなくて大変だったみたいです。(まあ、出版社が全体にね・・・有名な週刊少年漫画雑誌の作家さんも同じ時代にはすごい大変だったらしいですし・・・)
新井さんはコスプレしてちらしに載るというのが「小説家の仕事じゃない」と怒っていたそうですが、氷室さんは楽しんで平安装束のコスプレなさってた、とか。

でも、活躍の軸足を常にコバルトに置いてきたのは、少女を対象とする作家でありたかったからと私は思いました。(が、現場でどなたかがおっしゃったことに深く感じ入ったのを自分が思ったと思っているのかもしれません。)

氷室先生は、小説を書くのにまさに寝食を惜しんで熱心に書くので、体力も気力も充実していないと小説は書けないのだそうです。
実際休筆したころにはいろいろな問題があって何もかもが充実した環境というわけではなかったので、新作が出なくなってしまったようでした。
亡くなる3年ほど前に、いよいよ書く環境が出来たというようなことを仰っていたらしいのですが、その頃に癌が分かって、結局、その後、新作は(続き、も)書かれなかった・・・ということのようです。

それにしてもコバルトの低迷と大人向けと言われる小説の質の低下(まさに〝ライト"ノベル)を見るにつけ、本当に氷室先生の死が惜しまれます。

来年の「偲ぶ会」でも新たな出会いがあると嬉しく思います。

Posted by: ゴマ | 2009.06.22 at 10:15 PM

出版社と合わなかったなんて、読者には全然わからないですものね。母娘草をこの度初めて読んで、その中に出版関係の方の、心ない言葉の描写があったのです。すごくがっかりしました。

命を燃やして書く仕事を、そうだと認めない風潮があったのですかね。けっして、そんな人ばかりではなかったと思うのですが、それでも不当な扱いを受けられたであろう、と思うと、悲しくなります。

平安装束のコスプレ 確かその記事は見た覚えがあります。着物がすごく重たいとおっしゃてませんでしたか? そんな裏話があるとは、全然思わずにいました。

今なら、もう少し氷室先生の力になれたかもしれないですね。ネットも充実して、一般の人のコメントも少しは力添えになるだろうし、一方的でない情報のやりとりもできたのではないかと思うと、残念で・・・

コバルトも私が中学・高校と読んでいた時と比べたら、面白いと思うものが少なくなってきたように思います。年と共に好みも多少は変わりますが、それでも物語への吸引力が小さいお話が増えたようで、残念です。
また、面白いなぁ と思った作品は、なぜか急に打ち切りになったりと、コバルトのされることが少しわからないです。どうしちゃったんですかね?

本を開いたとき、一行目からぐいっと引き込んでくれる、氷室先生の作品のような作者の方が、もう少し増えて頂けると嬉しいですね。

Posted by: ぼの | 2009.06.25 at 10:38 AM

>ぼのさん
何度もお越しいただきありがとうございます。

母娘草は、バトルだと聞いて心が痛くて買えなかったんですよね・・・。
出版社の心ない言葉みたいなものはたぶん、いっぱいあって、少しだけ出てしまったのかもしれませんね。

本当に今なら(せめてもう3年書いていてくれていたら)氷室冴子ファンサイトももっと充実していたでしょうし、情報自体も残っていったかもしれませんよね。

時代に文句を言ってもしかたないですが、本当に残念ですね。

Posted by: ゴマ | 2009.06.27 at 06:23 PM

はじめまして。お邪魔させていただきます。
私も多分ゴマさんとほぼ同年代です。
不意に思いついて氷室先生で検索したら、こちらに辿り着きました。

氷室先生が新作を書かれなくなってから、どうしたんだろう? とずっと気になっておりました。
お亡くなりになった後も、実はその思いをずっと引きずっていたので、ゴマさんの文章を読んで、ようやく目の前の霧が晴れたような気がします。


「なんて素敵にジャパネスク」と「シンデレラ迷宮」「シンデレラミステリー」は、何度も引っ越しを繰り返したにもかかわらず、未だ手元に保管してあります。(普遍性のある名作って色褪せないんですよね)

角川のマイ・ディア・ストーリーとして、昔の海外の少女小説が復刊したのも、氷室先生が働きかけてくださったからでした。(実はこのシリーズも頑張ってほとんどコンプリートして保管しております)
彼女に対しては、「楽しい読書の時間を味わわせてくれて本当にありがとう」という感謝の思いで一杯です。

Posted by: ぽんこりん | 2009.12.10 at 01:37 AM

>ぽんこりんさん
はじめまして。コメントありがとうございます。
私の拙い文章が何かのお役に立ったのなら幸いです。
「氷室冴子 偲ぶ会」で検索すると他の方のblogも出てくるようです。私の思いこみの部分は修正してくださいませ。

銀金の11巻が出て、「少々お休みする。第2部は怒涛のように書くわよ!」みたいなことをあとがきに書かれていて、ずいぶん長いお休みになってしまいました。

当方も、三十路も半ばになるとコバルトコーナーにもだんだん立ち寄らなくなってしまい、、、
そして、「少女小説」という分野も残念ながら広がることなく、、、


氷室先生は、確かに長い充電期間を持たれたわけですが、せっかく書くとお決めになったときに発病されたことが残念でなりません。
銀金の構想だって資料だってあったと思うんですよ。
どなたかそのよすがだけでもご存じなかったのか、という思いはファンとして今でもあります。
もちろん、少女小説という分野で銀金を創られた以上、何らかのハッピーエンドであったとは思うのですが・・・。

私は角川のシリーズには手は出しておりませんが、、、
クララもジャパネスクも銀金も雑居時代も実家に保管中です。
ただ、あの時代の文庫本は紙質が・・・(泣)


裏付けとなる時代背景は変わっているけれど、氷室作品のキャラクターは今も生きていますね!
繰り返しになりますが、氷室作品なくして今の私はあり得ないです。
氷室先生には私も感謝の気持ちでいっぱいです。

ぽんこりんさんとの出会いにも感謝します。
ありがとうございました。

Posted by: ゴマ | 2009.12.12 at 05:42 PM

こんにちは。
私も氷室冴子先生の洗礼にどっぷりつかって育ったクチのものです。

ふと、どのエッセイだったか忘れてしまったのですが20年前に

「近い未来には、電話は個人で持つのが当たり前になって、道を歩くときとかでも自分の関心ある相手としかしゃべらなくなってるんだろうな。ハンディカムとかで。目の前で殺人が起こってても「きゃー、いま人が殺されてるよ、こわーい」とかいうようになると思う」

といった記載があったのをずっと覚えていて、今まさに。。。とほんとうに観察眼のするどい一流の作家さんだったなぁ、と偲んでいたのでつれづれに検索してやってきました。

もっともっと書ける力量のある作家さんだったのに。。。と思っていたところ、このブログで少女小説家をまっとうする覚悟だった、ということを知りなんだかとても先生らしいなと思いました。

「偲ぶ会」のシェアありがとうございました。

Posted by: pon2 | 2012.08.19 at 10:35 AM

>pon2さん
はじめまして。コメントありがとうございます。
お礼が遅くなりまして申し訳ありません。

閑話休題。
それはもしかすると何かのあとがきかもしれません!
私も携帯電話が1人1台(以上)になった今、そのフレーズをときどき思い出してました。
在札のまま遠距離でものすごい長電話をする(たぶん、お相手は藤田先生)ので電話代が常に6ケタだったとか、長電話が過ぎて電話局から「受話器が外れているのではないか」と電話が割り込んできたとかそんなお話でしたよね?

氷室先生には、私も本当はいつまでも私向け(苦笑)に書いていただきたかったのですけれど、当時、偲ぶ会に参加させていただいて、少女小説を全うしようとされていたのだ、と分かったことは私自身にとって収穫でした。

pon2さんにも少しでも雰囲気をお伝え出来たなら幸いです。
ちなみに、偲ぶ会は6月第1土曜に毎年行っているはずです。(私は結局いろいろあって一周忌のこの1回きりですが、事情が許せばまた参加したいと思っています。)

Posted by: ゴマ@管理人 | 2012.08.23 at 09:58 PM

はじめまして、の、なうなぱぱと申します。氷室先生の突然の訃報ににがく然として後、もう4年の年月が過ぎ去っているのですね。 
 コバルトの前身のちっちゃい版型の頃の小説ジュニアを愛読していたと言えば年代までバレバレですが、そろそろ孫の顔も拝めそうという私が今夜仕事帰りに立ち寄った本屋さんの新刊書コーナーで氷室さんのお名前を発見したときの驚きといったらここ数年ではMAXだったと思います。
 コバルト文庫です。私にとってはこの背表紙の色はパブロフの犬のごとく条件反射で手にとってしまう帆で愛着を感じています。
 彼女の作品の中の単行本未採録の作品を集めた本です。(まだ一気に読むのがもったいなくて読んでいません、これ一冊は永久保存版として手つかずにとっておいてもう一冊購入することにします)
 各作品の番外編やらが盛りだくさんのコバルトとしてはかなり厚みのある本です。
 ともあれ彼女の作品に惹かれた同好の諸氏にまずはお知らせと思い書き込ませていただいた次第です。(もうとっくの昔にご存知だったでしょうか)

              2012. 9.8

Posted by: なうなぱぱ | 2012.09.08 at 10:18 PM

はじめまして、なうなぱぱさん。
拙blogへようこそ。

そうでした!!
もう、永遠にないと思っていた新刊発行されましたね!
情報共有ありがとうございます!

単行本となっていなかった「月の輝く夜に」と他の作品の番外編が「ざ・ちぇんじ」とともに発売されましたね。
分厚いからなのか、印刷数が少ないのか文庫本と思えぬお値段(本体価格860円)でしたが、私も大人になったので、その前に連載されていたという山内直美さんの漫画の方と併せて買いました。
(その割に氷室冴子特集が組まれているというコバルト9月号(雑誌)は発見出来てません。発売時に探し損ねたのが敗因ですが。)

氷室先生全盛のおり、私は花の女子高生でして(爆)、1時間に1本か2本しかないバスに1時間乗って通学をしていたので、待ち時間と乗車時間で小説を本当にたくさん読みました。
その年代に氷室作品が読めたことは幸せでした。

元エントリの偲ぶ会は、私の年代の方は少数で、山内直美さんの漫画のジャパネスクから入ってる方が多いやに思いました。
でも、「みなさん、私の娘くらいだわ」と仰ってる方もおられましたし、男性もいらっしゃったので、やはり少女小説という分野だったけれども骨太な作家さんだった、ということになると思います。

今でもクララ・アグネスを読み返すこともある私としては、その番外編が掲載されていることも嬉しいです。
僥倖でした。

Posted by: ゴマ@管理人 | 2012.09.09 at 06:26 PM

 再度おじゃまさせていただきますね。
「月の輝く夜に ざ・ちぇんじ!」読み始めています。
30数余年の隔たりも感じることなく氷室ワールドにしみ込んでいく私がいます。アグネスの三人さんのエピソードで進む物語の中にも、しーのや名前さえも登場しない夢見でさえ色鮮やかに思い出されてくるのです。
コバルト9月号も買えました。(うちの近所のTSUTAYAにはまだありました)正直いつこんなにコンパクトな判型になったのか知りませんでした。(B6?)
 正直、氷室冴子特集は期待はずれでしたが(イラストがメインですし私が慣れ親しんだカバーや挿絵と作家さんが違うので。)
 付録扱いの別冊コバルト文庫おかわりっに寄せられた前田珠子さんと松田志乃ぶさんのエッセイの方が心にくるものがありました)
 

Posted by: なうなぱぱ | 2012.09.10 at 11:52 PM

>なうなぱぱさん
またお出でいただきありがとうございます!
私も昨夜遅くに本屋の棚をくまなく探しましたところ少女漫画雑誌の間に埋もれてるコバルト9月号発見しました。(仰るとおり小さくなってましたね。)
そして、氷室冴子特集にがっくり来て購入やめました。ご紹介しておきながらすみません。
あれで氷室先生の読者が増えるとは思われません・・・orz

私も読み始めました。なぜか後ろから。「月」にたどり着くのは水曜ごろと思われます(笑)

お姉さまを読んでしまった以上、クララとアグネスの復習をしなければなりませんので・・・。

ではでは、またご縁がありますことを。

Posted by: ゴマ@管理人 | 2012.09.11 at 12:38 AM

「月の輝く夜に」の出版をきっかけに、氷室先生のことを検索してこちらにたどりつきました。偲ぶ会のこと、今まで知らなかったので、こちらのブログをよめてよかったです。2013年には参加したいです。
氷室先生がなくなって4年たっても、先生の小説への愛を語る仲間がいて、なんだかすごくうれしいです。これからもいろいろ読み返すつもりです。また、ご縁がありましたら。
(余計ですが、携帯電話を予言するようなエッセイは、「冴子の東京物語」所収の「女の長電話」かと思います)

Posted by: かや | 2012.09.20 at 05:16 PM

>かやさん
はじめまして。コメントありがとうございます。お礼が遅くなりまして申し訳ありません。
今でも氷室冴子で検索すると拙blogが上の方に出てくるようで、、、ご活躍がもう数年後まで続いていれば、、、と思わずにいられません。
「偲ぶ会」はそんなお話がいろいろ出来る方々がお集まりなので事情が許せば参加をお勧めします。

私もいろいろ読み返したいと思っています。(銀金は終わらないのが分かってるのであれですが・・・)

そして、携帯電話は冴子の東京物語でしたか。コバルトしか持ってないつもりでしたが、そういえばそれは読んだように思います。
ありがとうございました。

Posted by: ゴマ@管理人 | 2012.09.23 at 11:29 AM

こんにちは。

いまさらなのですが、
「氷室冴子」さんで、検索していて、
こちらへ、来ました。

「銀金」の、最後の巻が出た後、
次(連載も新作も)でないので

、何度となく、
「そういえば、氷室冴子さんは、次を書かないのかなあ」と、友人と、話していました。
訃報を、ニュースで、聞いたときは、とても残念でなりませんでした。

いろいろな事情があったんだな、と、ここで、今日、初めてしりました。

ファンの方は、みなさん、そうでしょうけど、当時、買った本は、絶対、捨てられないし、もっともっと、読みたかったです。
(挿絵も、出版当時のものが、好きなので、売れないし、買い直しできないです。新創刊は、文章の中の言葉づかいも、ところどころ、変更してあるし・・そのまんまの、発売当時の雰囲気の感じられる、そのまんんまで、いいじゃないの、と思うのですが・・時流で、変えてしまうのは、なんだか、残念な気がします。その当時の雰囲気も、作品のもつものの一つの要素なんじゃないかと・・)

寝食を惜しんで、書くから、気力や体力が充実していないと・・の件を、読んで、
作家さんも、芸術家のようなものなのかな、と思いました。心身ともに、良い、コンディションや、環境や、作品に対して、命を、掛けるようなところがあるところとか。

私は、いまだに、角川文庫の「あおの迷宮」で、だれが、きの姫の恋人だったのか、どうして入水したのか、考えるのですが、考えても、さっぱりわかりません(笑
あと、「ジャパネスク」で、帥の宮編のあと、皇太后さまと、仲直りしたのかなあ、とか、吉野の君は、生きているのかなあとか、生まれてくるのは、皇太子なのか姫なのかな、とか、考えたり、銀金は、あのあと、いったい、どういう展開になるのか・・とか、
ときどーき、考えたりしています。

つい、書きだすと、長々となりました。

情報など、知ることができて、よかったです。ありがとうございました。

Posted by: さちこ | 2012.10.15 at 11:28 AM

>さちこさん
こんにちは。コメントありがとうございます。

私は訃報に接する1か月前にクララ白書を読みなおし(、アグネスの光太郎と決定的にダメになったとしーのが確信するシーンでボロボロ泣いて(苦笑))いたところでした。

新創刊では言葉をなおしてあるのですか。
先生がなさったことなら・・・ですが、いかがなのでしょうか。
気力・体力を使って書いていただいたからこその「作品」ですよね。

「蒼の迷宮」は実は未読なのです。
ジャパネスクは、それなりに決着しているので幸せを蔭ながら祈るので満足なのですが、「銀金」は転生した真秀に幸せになる結末を見たかったです・・・

私が氷室作品と出会って既に30年(我ながら愕然)
今でも語ることが出来ることは素晴らしいことだと思います。

Posted by: ゴマ@管理人 | 2012.10.15 at 10:02 PM

初めまして.検索でたどり着きまして、コメント欄までざっと拝読してしまいました.

私はアルルカンがおそらくいちばん大好きな作品で(コバルト作品はどれも好きですが)エッセイも好きです.

7回忌ということで早稲田と高田馬場の書店さんがフェアをなさるという記事を今晩見てから、いろいろ検索してひたってます。

出産があり、月の輝く夜に、文庫本発売を恥ずかしながら知らなかったのですが、ア○ゾンでポチってしまいました。

もっとたくさんの作品を読みたかった作家さんの2人のうち一人です。(もうおひとかたは米原万里さんです)
訃報を聞いた夜絶句したのを今でも覚えてます。


子育てが落ち着いたら是非偲ぶ会に行ってみたいと思ってます。
お会いしたとしたら、嬉しいです。

Posted by: sela | 2014.05.24 at 12:30 AM

>selaさん
こんにちは、はじめまして。拙blogへようこそ。

私もmixiでそのニュースみました(^^)
高田馬場には氷室先生の菩提寺である龍善寺もありますから(偲ぶ会の会場ですね)フェア開催も納得ですよね。

私はアルルカンは持ってないのですが、もしかすると、月の輝く夜にはお好きかもしれませんね。入手できそうでよかったです。

氷室先生は本当に一流の少女小説家さんであったと思います。
当該ジャンルがもう少し評価されていれば、もしくは「本屋大賞」のような文学賞でない賞があれば、、、と思わずにはいられません。

藤花忌には実家から引き上げてきた氷室作品を読み返そうと思います。

お久しぶりの当エントリへのコメント嬉しかったです。
ありがとうございました。

Posted by: ゴマ@管理人 | 2014.05.24 at 03:03 PM

はじめまして。

ふと、氷室先生のことが懐かしくなり検索で辿りつきました通りすがりの46歳です。今日、藤花忌だったのですね。ふと懐かしくなったのが藤花忌当日だった偶然を我ながら驚いています。

ネットの時代に先生がご健在でいらしたら、どんな作品を出されたでしょうね。sprinkle

Posted by: Alice | 2015.06.06 at 09:53 PM

>Aliceさん
こんにちは。とてもとても遅いお返事になってしまいました。
藤花忌に拙blogにいらしていただいていたのですね。
仕事も私事もやることが多過ぎて、いろんな不義理をしております。
このエントリが2009年。
結局、偲ぶ会はこのときだけの参加になってしまっています。

いま、先生がいらしたら・・・?

ネットには見向きもせずに「古代転生ファンタジー(銀金の続き)」をお願いしたいです。個人的には(笑)

お返事が遅過ぎてAliceさまに届くことはないように思いますが、

コメントありがとうございました。

Posted by: ゴマ@管理人 | 2015.08.05 at 11:47 PM

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